Project.01

視線の先にあるのはブレーキではなく、クルマそのもの。

「走る・曲がる・止まる」というクルマの基本性能すべてに携わるブレーキ。その開発とは、すなわち、クルマ全体を視野に性能をつくり込むことである。例として、それを体現する3人の仕事を紹介する。

ブレーキの要求性能確保のため、
車両設計に踏み込む。

アドヴィックスの製品はブレーキディスクやパッドといった部分的なものではなく、油圧機構や制御まで含めた「ブレーキシステム」である。ハード設計を統括する稲田は、その全部品の仕様決定を担う。ブレーキを主に構成するブレーキブースター&マスタシリンダー、制御ユニット、キャリパーという機能部品は、それぞれ20〜30点の構成部品から成る。そのすべてに対する知識を有したうえで、仕様を決定して各部品の設計担当に指示を出し、カーメーカーが要求するブレーキ性能を実現する。その過程では、ブレーキの性能を確保するため、ブレーキ以外の設計に対して提案を行うこともある。

「ひとつの仕様で全世界の要求性能をカバーするハードを設計したのですが、南米向けは他国に比べ、ブレーキディスクの効率よい冷却が必要でした」と稲田。南米におけるこの車種の主要ユーザーは高所得者層。高地に住み、坂道の走行が多いため、ブレーキの効きが悪くなるおそれがあるからだ。そこで彼は「スパッツに溝を設けられないか?」と考えた。スパッツとは、タイヤの前部に装着する風よけの部品。溝を設ければ冷却風を取り込みディスクを冷やせるが、燃費やデザインに影響する。

「提案した当初は、カーメーカーの関連部署から門前払い。しかし技術的に譲れません。そこでカーメーカーの車両開発のトップであるチーフエンジニアに必要性を説明するチャンスをもらい、理解を得ました」。その後、カーメーカーの設計者とともに最適な形状を試行錯誤し、風洞実験にも立ち会って、南米での使用に耐えうるクルマを実現。車両設計に踏み込んだ彼のような提案は、アドヴィックスでは決して例外ではない。

クルマの使われ方を考え、
最適な制御ブレーキを提案。

完成したハードに、車種ごとに要求される車両運動性能やフィーリングを吹き込むのが、ABS(Anti-lock Brake System)やTCS(Traction Control System)といった制御だ。竹谷はその制御ソフトの設計・適合業務のリーダーを務める。彼の守備範囲もやはり、ブレーキだけにとどまらない。クルマの使われ方を知り尽くし、考えられる限りのシチュエーションを想定して、クルマ全体として最適な性能となるようカーメーカーに提言する。たとえば、以前に携わったオフロードの人気車種。

「カーメーカーの担当者からは、大きな凹凸のある急斜面を、途中で停止しても滑り落ちず登り切れるよう、TCS制御のブレーキの効きを強くしたいと要求されました。しかしブレーキが強力にタイヤを固定しすぎると、センターデフロックという機構に強度上の懸念が生じると考えました」と竹谷。

そこでブレーキの効きを最小限に抑える制御方法を提案するとともに、カーメーカーに対してセンターデフロック機構の強度確認を依頼。結果としてこの判断が開発の後戻りを防ぐ一手となった。いい仕事とは、カーメーカーの依頼通りに製品をつくり上げるものとは限らない。サプライヤーとカーメーカーという異なる立場から、いいクルマをつくるという同じ目的のために、互いの立場で最良の方法を考え、ときには意見をぶつけ合いながらも製品を磨き上げる。クルマをどうしたいか、どうしなければならないかという視点で、最適な結果を追求していくのだ。

限界状況でのテストを重ね、
クルマの挙動をつくり込む。

ハード・ソフト技術者が設計した製品を、実車に搭載してテストし、妥協のない安全性能と車種に合ったフィーリングに仕上げる「最後の砦」が、浅井の所属する信頼性技術部だ。対象は、コンパクトカーからスポーツカー、4WD、軽自動車、トラック、二輪車まで、あらゆる車種。静岡や北海道・中国・ニュージーランドなどのテストコースへ出向き、ブレーキシステムと測定装置の車両への取り付けから、数値データの収集とフィーリングの評価、社内の設計部門やカーメーカーへの報告や提案まで、一貫して担う。

「テスト走行は、最高速からフルブレーキ時の制動距離測定、氷路面上でアクセル全開時のタイヤトルク測定など、事故を模したような極限状況で行います」と浅井。極限の運転状況では、アクセル全開なのに加速が弱まるなどイレギュラーな現象が起きることも。その場合、原因がブレーキにあるのか、それ以外なのかを見きわめ、カーメーカーに意見を伝える。車両全体への深い理解を持ち、どこで何が起きているかを解明する浅井たちの取り組みが、街中での事故を防ぐ性能づくりにつながっている。