アジアで、欧米で、南米で、世界中で、「新会社をつくる」のが我々の仕事。

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Section.3 社長に代わって走る。バトンをつなぐまで走り続ける

成長企業の意外な盲点環境対応の体制自体をつくる

「やっとこれで法規制をクリアできると思ったら、次の問題が発生。ウチの社内には、まだその方法を考える専門部署がなかったんです」

この表面処理プロセスを内製するか、外注するかで、採算性が大きく変わる。まさにここが現地生産の肝である。しかしその工程と規制を同時に理解して、対応するための部署がない。これは若い企業ゆえの意外な盲点だった。

野口は上司と相談し、社外にパートナー探しを開始した。さまざまな企業の専門部署にあたってみたが、その返答はかんばしくない。

〈環境問題は避けて通れない重要課題。自立した企業であれば、自社内で解決すべき〉というのが基本的な応対スタンスだった。

「……うん。その通りかもしれない」

NOの返答に野口の頭は少し冷えた。あせりから狭くなっていた視野が回復した。

「世界No.1をめざすなら、僕たち自身がその機能を持つべきだ」

世界トップ。いつもここに判断基準を置くべきことを、野口は社長から学んだ。そして野口は上司に頼み、生産技術部門の部長および役員へ面談を申し入れた。

野口はそこでじっくり理由を説明し、全力で気持ちを伝えようとした。

「ただ目先の助けを乞うのではなく、まず自分のビジョンをしっかりと示すことが大事」

この思いをまず、腹の中にしっかりと据えた。

「僕たちの最優先課題は、一日も早く自力対応できる体制をつくること。これを前提として、当事者となる生技部門からグループ企業へ、サポートを依頼してもらいました。その言葉の信頼性は、いわば部外者である僕らが頼むのとではまったく違います」

そして野口たちは生技からの賛同を獲得。外部専門家の協力もとりつけることができた。さらに重要な成果は、雲浮への対応のみならず、環境対応の体制づくりという、重要な戦略課題にも貢献できたことだ。これは「みずから歴史をつくる」仕事への入口と言っていいだろう。

中国政府の担当者と交渉する。生技スタッフとも交渉する

環境対応の他にも、野口の課題は山積みだ。たとえば土地取得も、現地と揉めた案件のひとつ。まず野口が中国人スタッフと2人で状況をヒアリングし、価格相場の見当をつける。

「中国の土地はすべて国有地ですから、交渉相手は政府役人になります。彼らと対峙しながら『この土地はいくら?』に始まって『前例と同条件で購入したい』『それはできない』『なぜだ、できるはずだ』……と」

ここで野口たちは、中国側担当者から予定をかなり上回る価格を提示された。理由は雲浮市自体の方針が半分。中国政府全体の政策が半分。その線引きを見極めながら、押し引きを繰り返す。この泥臭い土台づくりが終わらなければ、重役による本番交渉の幕は開かない。

やっと土地を入手し、会社設立の許可が降り、次は具体的な工場設備計画である。全体のスケジュールや生産目標を策定する生産管理部。具体的な設備計画とプロセスを担当する生産技術部。この双方との調整に入る。もともと採算の厳しいプロジェクトだけに、設備投資も希望額通りとはいかない。次なる野口の交渉相手は社内。生技のベテラン管理職である。どんな場合でも、実のある交渉をするには、協力関係の構築がもっとも大切。まず自分自身が、相手からの信頼を勝ち取らねばならない。そこで野口は、今回の計画と共通点のある過去の事例を精査し、内容を細部まで把握してから交渉を開始した。

「この生産量ならラインは○台でいけるはず」
「これは天津の設備を一部移管できる」

そんな具体的な交渉ができたのは、事前準備あってのことだ。またさらに、原価部門で培ったものづくりに関する知識と、シビアな相場観も役立った。

「企画はなんでも屋だから、なんでもわかってないとダメなんです」

野口は笑うが、それはいわば経営者感覚ということだ。ポイントはシンプル。儲かるか、儲からないか。しかしこれを判断するには「売上はいくら、仕入れはいくら、生産コストはいくら」と全数値をバイアスなしに把握することが必要だ。だから営業に聞き、調達に聞き、生技に聞く。さらに人事にも、経理にも……結果、野口が関わる部署は全社におよぶ。

最小のリソースで最大のパフォーマンスを

新拠点設立に関する企画部の仕事は、定義上は「本社決済を得るまで」である。しかし現実には、新会社のトップが決定するまで気が抜けない。社長が決まり、バトンをわたし「よし、まかせろ」と社長が動き始めた時に、やっと自分の仕事がひとくぎりついたと思える。ただその後も、晴れて手離れとはいかない。会社設立から1年以上たっても、よく現地からは問い合わせが入る。「一年前に採算がこう想定されていたが、現在もそのとおりにいけるのか」などと訊かれたりもする。アドヴィックスの海外拠点は、いずれも日本人スタッフが少ない。雲浮市の新拠点でも日本人は300人中3名のみ。しかも事務屋は一人もいない。だから当初は、日本サイドで全面的にバックアップする必要があるわけだ。

人件費のみならず、コストが高ければどんなに優れた技術も普及しない。しかしもちろん、ケチればいいというものではない。

「世界No.1に向け事業を拡大する。一番の目的はここにありますから土地も当面必要な面積の2~3倍を確保。しかしこれがまた問題で……」

中国側としては、土地を取得したからには早く操業してほしい。これは当然の要求だろう。しかしアドヴィックス側としては、中国市場の今後をもっと正確に見極めてから、具体的な設備計画に入りたい。野口は現地の役人相手に、また泥臭い押し問答を繰り返した。

「次段階の拡張工事はいつ始まるのですか」
「まだ雲浮市でのビジネスを始めたばかりなので、もう少し待ってください」
「ならば現状での工場増築計画と売上予測を覚書にして提出してください」

企画室の仕事は地道な裏方。すべてが総じてこの調子だ。

先を見据えて体制をつくる。しかし無駄な投資をしてはならない。その判断基準となるのは経営ビジョンだ。アドヴィックスはいま2017年6000億円という目標を掲げている。雲浮市の新拠点は初期投資だけで数十億円。1円足りとも無駄にはできない。最小のリソーセスで最大のパフォーマンスをあげる。これはアドヴィックスの世界制覇戦略で、曲げることのできない原則。野口だけでなく、誰もが経験する壁であり、やりがいでもあるわけだ。