アジアで、欧米で、南米で、世界中で、「新会社をつくる」のが我々の仕事。

アジアで、欧米で、南米で、世界中で、「新会社をつくる」のが我々の仕事。

Section.2 Q.中国への拡大戦略で最良なのは以下の3つのうち果たしてどれか?

対象は中国の華南エリア、2010年6月企画スタート

中国の自動車市場は、いま世界最大。いまなお拡大を続けている。国土も広大な中国のこと、世界的な自動車メーカーは南部と北部など、複数のエリアに大規模な生産体制を敷いているが、対するアドヴィックスの生産拠点は、北部の天津ほぼ1ヵ所。南部の広州にも製造拠点があるものの、規模は小さく対応できる製品もわずかである。このままでは南部への製品供給は困難となり、下手をすれば北部もキャパをオーバー。巨大な損失覚悟で日本から直送、という事態にもなりかねない。

では、どうするか。2010年6月、野口たちのプランニングが始まった。

「どんなに緊急の案件でも、最初は背景分析から始めます」

正確な現状把握のために、さまざまな角度から数字を出しては分析し、企画立案する。これは室長、部長を経て本社決済――つまり社長の承諾を得るためのものだ。作っては却下、出しては訂正。何度かの繰り返しの後、やっと3つの試算がまとまった。

A案/アドヴィックス天津の生産規模を拡大する
B案/同・広州拠点の規模を拡大する
C案/華南エリアに新たな拠点をつくる

「僕たちが推したのはB案です。一番無駄がありませんから」

Cの新拠点案では、莫大な投資が必要になる。またA案は、何よりも物流コストがネックとなる。天津―広州間は2200km。北海道―九州間より遠く、陸送費用は何億円単位。いかに生産効率をあげる努力をしても、輸送費に利益を食われてしまう。対する広州拠点ならゼロから創るよりも、はるかに低コストで増築できる。原価部門で鍛えられた野口だけに、採算性の見極めには自信がある。投資額と回収メドまで見通した計画は、完璧なはずだった。

経営者の視座で考えると正解はまるで逆になる

しかし、トップからは意外な答が返ってきた。

「たしかに目先のコストは低いだろう。自動車メーカーやさまざまな部品メーカーが集積している場所だから便もいい。しかし逆に……『便がよすぎる』のではないのか」

野口にははじめ、その真意がつかめなかった。しかし自信作の企画案には、大きな☓印がついた。

「驚きました。入社年6年の僕が出す答と、経営者の答ではステージが違う。コストの整合性をはかる以前に、思考の前提自体が違うんです」

つまりはこういうことだ。


〈我々が世界No.1をめざす以上、既存メーカー地帯の利便性に頼ってばかりではいけない。まして世界が注目する中国市場なら、むしろ攻めの意志を強調すべき〉
結論―――この企画には経営ビジョンが欠けている。

苦労の末の企画は、突き返される結果になった。しかし若輩の自分が経営者と話をし、考え方を学べるのが嬉しかったと野口は言う。

「僕はずっと原価部門にいたので、なんでも最終的にはコストで決まると思っていました。しかし今回知ったのはもっと大きな経営の視点です」

さてそれからは計画の練り直しだ。南に新拠点をつくるなら、最適な場所はどこか。またもや各種の要因を検討して、最後に残ったのが雲浮市。広東省の中西部に位置する人口267万人の都市だった。

事実にたどりつくまでの長い長い時間と距離

野口はこのプロジェクトの直前にも、中国で別の新会社を立ち上げたばかり。その難しさは承知しているつもりだが、今回の難題は違う方向からあらわれた。

一番の壁は環境問題である。

マスターシリンダの表面塗装、キャリパーのメッキ……これら工程は環境負荷が高い。もちろん有害物質の取扱には細心の注意を払っているが、雲浮市は、中国第三の都市である広州の源流域にあたるため、規制がきわめて厳しい。

「そうは言っても現に日本でやっているんだから、中国でもできないはずはないだろう。はじめはそう思っていました。しかしいざ出張して、現地スタッフに相談すると妙に深く考えこまれてしまったんです。さらに『許可が出る保証はない』と……」

そこからが苦労の始まりだ。

「まず雲浮市の環境規制内容を詳しく調べました」

中国人スタッフと共に現地に向かい、規制の中身を詳しく聞きとり、それを日本に持ち帰って環境問題の専門家に伝え、分析を依頼する。まどろっこしいようだが、正確を期すためには仕方がない。

「すると返ってきたセリフが『こんな規制はあり得ないはずだ』と」

どうやらその規制内容は「不純物ゼロ。一切許さない」というものだったらしい。

「これでは、世界中のどんな企業だって対応不可能だ。おそらく君の聞き取りが間違っている。再度確かめるべきだ」

というわけで、野口はまた中国へ。もめにもめたおかげで、今度は野口の知識量も大幅に増えている。小さな単語も逃さず食い下がってみると、微妙に腑に落ちない箇所がある。そのわずかな違和感にこだわり、質疑応答を繰り返した末にわかってきたのは、この規制にはきわめて複雑な前提があり、その前提の一部が、やりとりの過程で食い違っていたらしいことだった。
そして粘り抜いたあげく、野口はなんとか納得の行く規制値を得ることができた。

日本とは言葉が違う。文化が違う。法律が違う。さらに野口自身、さほど中国語もできなければ、その文化や商慣習についてもまだまだ未熟な理解だった。日本では「どうなの?」「こうですよ」となるはずのやりとりが、海外では何度も何度も確認して、やっと事実にたどりつくことができる。当たり前のことが当たり前に進まない。その難しさを野口はあらためて実感した。正確な環境規制値をつかむまでに3カ月。その間に現地出張2回。電話会議は数知れず、である。