アジアで、欧米で、南米で、世界中で、「新会社をつくる」のが我々の仕事。

Project Story 02

アジアで、欧米で、南米で、世界中で、「新会社をつくる」のが我々の仕事。

Section.1 アジアで、欧米で、南米で、世界中で、「新会社をつくる」のが我々の仕事

傲岸でイヤなやつだった優等生の挫折と変身

中学時代、学校代表に選ばれて渡米した。N.Y.の国連本部で空に翻る万国旗を見た。世界に出る人間になると決めた。高校までは優等生で、自分には「正解を導く力」があると確信していた。大学受験で失敗し、気力も自信も根こそぎなくした。

――そんな野口智史を変えたのは、とあるファストフード店でのバイト経験。

「デキるやつ」には見えなかった同僚が、なぜか自分よりも頼られている。腹が立って観察するうち、その人はいつも相手の話を親身に聞いていることに気がついた。たいてい野口には途中で話の展開が読める。だから先に助言を提供して会話を切り上げる。その人は違った。わかりきった話でも最後まできちんと聞く。無駄じゃないかと思った。

それが無駄どころか、とても大切なことだと気付いたのは、ずいぶんあと。正論が通じるのは教科書の中だけ。野口はそれをバイト仲間たちから学んだ。

先人の歴史に安住するか自分で新しい歴史を創るか

性格はやわらかくなったが「世界で活躍したい」夢は変わらなかった。だから世界的なメーカーの営業職を志望。しかしアイシン精機の人事担当者から、「モノづくりを学ぶには原価部門がいい」と教えられた。以前の野口なら、そんなアドバイスには耳を貸さなかったかもしれない。そこで働き始めてから、地味に見える裏方の仕事が、実はきわめてエキサイティングだということを知った。

そして6年が過ぎた頃、新しい会社への転籍を打診された。正直気は進まなかった。いまの仕事が好きで、何より面白かったからだ。そんな時に、とある重役の言葉を聞いた。「いまのアイシンは、先人たちがつくってきたグローバル企業だ。アドヴィックスは無名。しかし20年もすれば世界の誰もが知る企業になる。その歴史は、君たちがつくるものだ」と。それはダイレクトに野口の心に響いた。生来の負けじ魂と、ベンチャースピリットを刺激された。そして両親や新婚の妻をなんとか説得し、誰も知らない小さな会社へ転籍した。この時の決断のおかげで、野口はいま世界を駆け回りながら「各国で新しい会社をつくる仕事」をしている。

3年半で4カ国 5ヵ所の新会社を立ち上げ

2010年にアドヴィックスへ正式に転籍。所属は事業企画部、企画室。スタッフは室長を含めて6名。
事業企画室のミッションはシンプルだ。しかし世間一般では、シンプルな目標ほど難しいと相場が決まっている。「グローバルな製品供給体制を確立する。それによって世界No.1のブレーキメーカーをめざす」

この目標に向け、転籍から3年半の間に、野口が関わった海外拠点は4カ国5法人。中国2ヵ所、ドイツ、タイ、そしてインドネシア。現在の担当は「北米・中国・東南アジア」だという。一人の守備範囲としては広すぎるようだが、企画室は世界戦略の切り込み部隊。

「企画部はまず社内の意思決定から本社決済を得るまでがメイン。会社設立した後は、新社長にバトンタッチ。生産技術部などが準備に入ります」

野口はさらりと口にするが、果たして実際のところはどうなのか。海外拠点立ち上げの実際を、まず中国の例で見てみよう。